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2010年01月31日

1973年のピンボール




 前作の「風の歌を聴け」から、数年後の話。あらすじをまとめるのは僕にとっては難しい作品である。なのであえてあらすじは書かないでおく。

 これは、「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」と3部作になっている。その2作目にあたる作品である。

 様々に交錯する世界観。そこには、僕がいて双子の姉妹がいたり、鼠とジェイ、そして鼠の彼女。それと、大事なのはこの物語を語る上で大事な役割を果たしているピンボールマシーン。それらが漫然とバラバラになっている物語がひとつに収束している小説である。

 この作品を読むたびに、僕は何処にも行き場所がないような閉塞感を覚える。若い頃に読んだとき、また、今の歳になって読んでも、どこにも辿り着けないんじゃないかと不安になったりもする。喩えて言うなら、やり場のない焦燥感や怒り。そういった感情を呼び起こされる不思議な作品である。

 「風の歌を聴け」のレビューでも書いたけれど、この作品も同様に全く色褪せないでいる。それは、僕がこの主人公の僕に惹かれていて、彼の考え方に賛同しているからだろうか。あるいは、そもそも、僕自身が成長していないのか?何度考えても分からない。

 村上春樹氏の作品は、好きか嫌いかというハッキリとした意見を持つ人が多いと感じるのは僕だけだろうか?それは人それぞれ好みがあるだろう。

 嫌いな人の意見としては、生理的に受け付けない。あまりにも抽象的すぎる、あるいは、気障な文体だとか、人が簡単に死んでしまうのが分からないといった理由を聞く。

 僕は、それらの意見を聞いて、納得する部分もあるけれど、やはり、村上春樹氏の作品は好きである。何しろ、色んな意味で僕を示唆し導いてくれているからだ。それが、喩え、読んでいて閉塞感を覚え苦しい感情を抱いたとしても。それは、僕が今まで生きてきて、何処かで、置き忘れていた感情を揺り起こしてくれるからだろう。

 僕は、以下の文章から色々と学べることがあると考えるので引用したい。

 〜テネシー・ウィリアムズがこう書いてある。過去と現実についてはこのとおり。未来については「おそらく」であると。しかし、僕たちが歩んできた時間を振り返る時、そこにあるものはやはり不確かな「おそらく」でしかないように思える。僕たちがはっきりと知覚し得るものは現在という瞬間に過ぎぬわけだが、それとても僕たちの体をただすり抜けていくだけのことだ〜

 この文章を読んで人々は様々な解釈が出来るだろう。僕は、今まで生きてきたこの不確かな世界で、「おそらく」の連続だったのではないだろうか?これからも、この言葉を胸に刻み込んで不確かではあるが、このとおりという現実を大事にしていきたいと考える。

 是非とも、一読してもらいたい小説である。喩え、それがあなたにとって不快な感情をもたらしたとしても。その価値はあると僕は信じている。

オススメ度 ★★★★★ 不確かな世界で僕たちは生きている。

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posted by Genken at 08:30| 兵庫 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

風の歌を聴け



 村上春樹氏のデビュー作品。

 あらすじは、舞台は1970年の夏。海辺の町に帰省した僕は友人の鼠とジェイズバーでビールを飲んでいた。僕は偶然、そのバーで倒れていた介抱した彼女と徐々にではあるが親しくなる。だが、退屈な時間が二人を包みこむ。鼠は鼠で同様に退屈で苛立ちを抱えている。それぞれが問題を抱え込みながら、ほろ苦い時間だけが過ぎ去っていく。青春のはざまを描いた作品。

 この小説で、村上春樹氏は群像新人賞受賞をとる。

 独特の作風で、僕という一人称で物語が展開されていく。誰しもが一度は経験したことのある、やり場のない怒りであったり、永遠に続くかと思えるような退屈な時間。時間は限られたものとは感じなかった。いつまでも時間の流れは遅いものだし苦痛を伴っていたりもした。とんだ勘違いである。まさに、これは、若気の至りである。

 ただ、若いときにしか感じなかったであろうそういった心の震えや苦痛や怒り。今、僕は38歳。来月で39歳になる。この歳になってようやく、そのときに感じた心の震えというのは若さであり凡庸なことだったと理解出来る。それは、僕が今まで生きてきて得たものより失ったものが多いからである。

 村上春樹氏の作品を読むとき、僕が歳をとればとる程、考えさせられることが多いし、気づかされることも多い。何度読んでも全く色褪せないのである。素晴らしい作家である。

 最後に、この「風の歌を聴け」で気に入っている台詞があるので紹介したい。

 「条件はみんな同じなんだ。故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いやつもいりゃ運の悪いのもいる。タフなものもいりゃ弱いものもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね、人並みはずれた強さを持った奴なんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持っている奴はいつか失くすんじゃないかとビクついているし、何も持っていない奴は永遠に持てないんじゃないかと心配している。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでいい。そうだろ?強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ」

 この台詞は、老若男女を問わず当てはまる。この小説に限らず、村上春樹氏の作品は色々な示唆を含んでいる。是非とも一度手に取って読んで欲しいものである。何かしら、新たな発見なり気づきが出来るはずだから。

オススメ度 ★★★★★ 失った心の震えをもう一度味わえる作品です。

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2006年04月29日

ダンス・ダンス・ダンス




〜羊をめぐる冒険」から四年を経た1983年の春、激しく雪の降りしきる札幌の街から「僕」の新しい冒険が始める。奇妙で複雑なダンス・ステップを踏みながら、「僕」はその暗く危険な運命の迷路をすり抜けていく。現実と幻想、生と死、沈黙と響き、虚無と豊穣。繋がれたものと、断ち切られたもの。それはいったいどこに向かい、何を希求しているのか?

失われた心の震えを回復するために、「僕」は様々な喪失と絶望の世界を通り抜けていく。渋谷の雑踏から、ホノルルのダウンタウンまで。そこではあらゆることが起こりうるのだ。〜 (上・下の裏表紙より抜粋)

この本を最初に読んだのは18歳のとき。独特の世界観に圧倒されながらも、一人称で物語が紡がれていくので、とても読みやすく、一気に読んだのを覚えている。
この本の持っている迫力にあてられたという感触だけは、今でも思い出される。

それから読み返すことなく本棚の奥にしまわれていた。ホコリにまみれ、物語もほとんど忘れている。しかも、この本の存在さえも普段は忘れていたのに……。

ところが、先日の日記でも書いたように、この本が呼んでいるような気がして手に取った次第である。

おそらく、自分自身では知覚していないながらも、やはり、肉体的は疲れはもちろん精神的な疲労も蓄積されていたのだろう。

そんな状態の中で、この本を再度手に取り、読み始めると……。

不思議なことに、読み進めていくうちに、感情が落ち着いていくのを感じ取れたのだ。

それは、この本で書かれている文章や、大げさに言ってしまえば、一字一句が、自分自身の中に取り込まれ、再構築されていき非常に心地良かったからである。

どれだけ心地良かったのかと言えば、数え上げればキリがないので、一つだけあげるとしよう。

この本の中で何度も登場している言葉。

「でーたフソクノタメ、カイトウフカノウ。トリケシきぃヲオシテクダサイ。」

世の中では、色々な情報やデータがあふれかえっている。
ただ、自分に関する情報やデータについては、意外と、揃っているようで揃ってないのである。というのも、自分自身については、冷静な判断が下せずにいるからである。

他人からみた自分の評価が、低かったり高かったり、その差が自分自身の想い描いている自分と、差があればある程、自信を失ったり、つけたりしているのである。
あるいは、自分を見失う場合がある。

こういう状況に陥ったときに、どう対処するかは個人によって違いはあるだろう。

このような状況に陥ったときに、ボクは、色々な実用書を読んだり、自問自答を繰り返す。それが出来ないときは、黙ってジッと息をひそめて答えが出るまで待つしかないと考えたり……。

ただ、今回のようにヒラメキというか直感に従えば、いい結果が生まれたりすることもあるので、侮れない。

そう、17年ほど本棚の奥にしまわれてホコリまみれになりながらも、その間、ボク自身も色々な経験をして、ホコリがついていたんだなぁと感じさせられたのである。

たまには、本棚の奥にしまわれている本を手に取って読むというのも、自分自身を見つめ直す良いキッカケになるかもしれない。

オススメ度 ★★★★★ たまには直感に従うのも……
posted by Genken at 23:55| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

国際テロ



〜本書は、9.11同時多発テロを未然にふせげず、その後の捜査でも目立った成果をあげられずにいる、既存の情報機関や捜査機関へのいらだちから、トム・クランシー(=ジャック・ライアン)がつくりあげた、情報収集・分析力、攻撃力ともに抜群の“対テロ秘密結社”の物語だ(引用 訳者田村源二氏の帯より)〜

ジャック・ライアン・シリーズ12作目

新しい情報機関“ザ・キャンパス”がジャック・ライアンの発案により、設立され活動を開始する。

いかなる国家組織にも縛られずにテロの脅威を発見して、未然に防ぐための極秘組織である。

大学を出たばかりの、ライアン・ジュニアは、これが父の構想であるとは知らずに、分析官の職を得る。同時期に、ライアン・ジュニアの従兄弟の双子FBI捜査官のドミニク・海兵隊のブライアンも、密かにリクルートされた。


〜上が情報分析を誤り、状況を読みちがえ、間違った判断を下すと、下の兵隊が死ぬ。誤りをおかした者の位が高ければ高いほど、その結果は重大なものとなる。(トム・クランシー 文中より)〜

ライアン・ジュニアは父親譲りの鋭い分析力で、ある銀行口座の不審な金の動きに気づいた。それは、多数の犠牲者を出した国際テロ事件と結びつく手がかりとなる。

新しく開発された究極の暗殺兵器を手にしたドミニクとブライアンに、とうとうテロ排除命令が下る。
ジャック・ライアンシリーズ12作目にあたるこの作品は、ジャック・Jrが主人公となっている。

あの、「愛国者のゲーム」の最後に、嵐の夜に生まれた赤ん坊が・・・。と、
まるで知り合いの子供が、いつの間にか大人になったという感覚を覚えたのである。

ただ、そういう感覚を抱いたのは最初だけで読み進んでいくと、肝心の内容が、テロを未然に防ぐために、テロの首謀者や支援者までも標的にして殺してしまうという、安直なストーリーには、愕然とせざるを得ない。

前々作の「レインボー・シックス」の対テロ特殊部隊は、まだテロの抑止力につながるので、まだ、読み応えもあり、理解も出来るのだが・・・

今作品の、“ザ・キャンパス”の存在意義すらも甚だ疑問であるし、テロの首謀者や支援者を発見し、暗殺まで行うという手法は、実に理解不可能である。

しかも、影響力の大きい作家が書いた作品であるから、非常に残念で腹立たしい気持ちである。

オススメ度 ☆☆☆☆☆ 今回は0です。何とか、次回作に期待したい。

ランキング今日は何位?
posted by Genken at 23:17| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

検屍官



襲われた女性たちは皆、残虐な姿で辱められ、絞め殺されていた!
バージニア州リッチモンドで、起こった連続殺人事件に、検屍官のケイが、立ち向かう!

この物語の主人公は、刑事でもFBIでもなく、この本のタイトルにもなっている、「検屍官」。
犯人につながる情報を一番持っているのは、死体である被害者。
この設定が、当時、斬新であり、しかも、肝心の推理では、プロファイリングに絡ませてストーリーを展開していくので、飽きることなくページをめくる手が勝手に進んでいくような感覚で、一気に読み終えた一冊である。

ランキング今日は何位?

登場する人物誰もが完璧ではなく、人間として当然ある弱い面をあるがままに描写しているので、その点が、この物語にリアリティを持たせたり、親近感を抱かせるのである。
とにかく、一度読めばはまります!

オススメ度 ★★★★★ 
posted by Genken at 22:41| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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