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2007年05月06日

明日の記憶



2006年5月公開

監督 堤幸彦
出演 渡辺謙 樋口可南子 吹石一恵

 人は皆、齢を重ねて行くうちに記憶は曖昧になっていくものである。例えば、自分が大切だと思っている記憶までもが徐々に薄れていき色褪せていく。思い出すのに最初は10秒もかからなかったものが、時が経つにつれ30秒になり、やがて2〜3分ほどかかり、最後にはボンヤリと輪郭だけしか思い出せずにいたりする。

 記憶とは非常に曖昧なものである。そのために、我々は記録を残そうとする。それは、写真だったり、ビデオやメモだったりする。この行為は記憶を定着させるための外部記憶装置として考えても良い。写真やビデオ、メモなどをみて記憶の片隅から取り出すためだからである。

 この作品は、その記憶をテーマにしている。若年性アルツハイマーという病気を軸に物語が展開していく。広告代理店につとめる佐伯雅行(渡辺謙)。彼は仕事も充実していて、しかも一人娘の結婚も控えている。公私ともに忙しくもあり幸せな日々を過ごしていた。ところが、そんな幸せな状況に暗雲が立ちこめる。それは、最近、物忘れがひどくなり、同じものを何度も買ったり、芸能人の名前がでてこなかったりする。しかも倦怠感や疲労感を感じている。終には、重要なクライアントとの会議の変更すら忘れてしまっている。夫の身を案じて妻の枝実子(樋口可南子)は病院へ行くのを嫌がる雅行を説き伏せ一緒に行くこととなる。そこで、医師が下した診断は夫が若年性アルツハイマーというものだった。なかなか現実を受け入れられない雅行。そんな夫を妻の枝実子は受け止めて、2人で一緒に闘病生活を送る覚悟を決めたのであった。

 秀逸なのは、物語の前半で物忘れが些細なことから始まり、それが徐々に酷くなっていく状況を描き、病院の検査を事細かに描いている所にある。それによって観ているコチラも検査を受けている気分にさせて不安を抱かせることに成功しているのである。

 こういった経験はないだろうか。無意識に車のカギや携帯電話を置き、何時間かした後、必要な時にとっさに思い出せずに探しまわったということは、誰もが多かれ少なかれ経験していることだろう。かくいう僕も同様の経験は多い。なかなか思い出せない時は、帰って来てからの行動を思い出しながら追体験することによって見つけたりする場合がある。こういった経験をしているからこそ、若年性アルツハイマーという病気に対して畏れを抱く。

 記録を残していってもやがて徐々に記憶が薄れていき忘却の彼方へと誘うのである。劇中、佐伯が退職するさいに、営業課のメンバーが各個人のポラロイド写真にメッセージを書いて渡すシーンが描かれている。私たちは部長のことを忘れません。だから、部長も私たちのことを忘れないで下さいというセリフには涙を誘う。薄れていく記憶の中でも写真という外部記憶装置として思い出すキッカケになればという思いがヒシヒシと画面から伝わってくる。

 退職後、佐伯夫婦はあることがキッカケで喧嘩をしてしまう。その際、雅行は無意識に妻の枝実子に怪我をさせてしまう。僕が一番印象に残っているシーンである。怪我をさせことにより雅行は強烈な自己嫌悪を抱く。だが、妻の枝実子は冷静に、「あなたがやったんじゃないの。病気のせいなのよ」と優しく諭すシーンには胸をうたれる。病気を抱えている人にとっては、とても心に響く言葉である。

 このように、見所は随所にあり最初から最後までだれることなく、緊張感を持って観られる。若年性アルツハイマーを扱ってはいるものの、決して重たくはなく心地よさが残る作品となって仕上がっているのである。未見の方は是非観てもらいたい作品である。何度観ても良い作品といって良いのではないだろうか。

オススメ度 ★★★★★ 記憶というのは非常に曖昧なものである

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posted by Genken at 06:41| 兵庫 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アルツハイマーという病気は人格の崩壊をもたらします。破壊ではなく、人が壊れてゆくのです。そのむごさ、そして人の尊厳を守ることの難しさはドラマではわからないものでしょう。

奇声を上げながら、徘徊し、泣く、笑う、混乱し、失禁し、便をつかんでは投げ、人前で裸になり、うつろな笑みを浮かべ続ける。体が麻痺し、食事が取れなくなり、胃にチューブをつながれ、生きながらえる。

拘縮してゆく体に、骨まで見えるほどの床づれを抱えながら、それでも死ねない。

それがアルツハイマーという病気です。
不治の、平均余命8〜10年という死の病です。

ドラマを作る人は愛や家族といったものばかりを描くのではなく、その病気の本当の姿というものをたまにでいいから描いてくれないかといつも思います。

まあうんこまみれの俳優さんを画面に映すことは難しいのでしょうけどね。
Posted by moto at 2007年05月13日 19:21
>motoさん

コメント頂き有難うございます。motoさんは、実際に介護の仕事をされているので、実状を良くご存知だからこそ、歯がゆく感じられると考えます。
僕自身も、鬱病を患って1年以上経過しています。その中で、シンパシーを感じたのが、妻のセリフであったりする訳です。
あなたのせいじゃない。病気のせいなのよ。
このセリフにどれだけ勇気づけられたか。

確かに、現実とドラマとの間では大きな溝が出来るのは、ある程度仕方がないことだと僕は考えます。

motoさんがコメントをくれたように、アルツハイマーとは、どういう症状を伴うのかという認識をするためにとっては重要なことだと感じます。

そういう意味において、映画はもちろん、書籍やTVドラマで描かれているのは、その病気に関しての無知からくる偏見をなくすための入口として僕は捉えます。

このように、motoさんがコメントを寄してくれること自体が、アルツハイマーという病気に対して正しい知識が、僕の中に蓄積されるという点においては評価されることではないでしょうか。

motoさん、本当に有り難うございます。
これが、キッカケとなり、僕のブログを読んでくれている人にとって、アルツハイマーという病気に関して、入口になるんではないでしょうか。

長々と書きましたが、これからも宜しくお願い致します。

それでは、失礼します。
Posted by Genken at 2007年05月14日 11:58
こんにちは。
脳って怖いですよね。身体はその人でも、内面が違ってしまったら、もう別の人だとも言えます。
3年ほど前、遺伝性の高血圧持ちだった連れ合いが、40歳代にして脳梗塞で倒れました。病院へ駆けつけ、主治医の先生から「前頭葉に損傷あり」と聞かされた私はICUのベットの上の彼に覆いかぶさって、ギャグを連発し、笑かし続けました。怒られましたけど。(笑)
私が怖かったのは、運動機能がやられることよりも、彼の「感情」が違ってしまったり、ロボトミーみたいな状態になってしまうことの方でした。
結局、一ヶ月入院しましたが、その間、毎日行って、しつこく笑わせるというリハビリ(?)を続け、退院後2ヶ月間、家で静養し、元の生活に戻ることができました。頭の回転は以前よりも遅くなりましたが、笑うタイミングはgood!なので、まぁ良しとしています。
Posted by c.mama at 2007年05月14日 14:56
>c.mamaさん

こんにちは。コメント頂き有難うございます。
本当に、脳の病気は怖いですね。僕の父親も脳の欠陥に瘤が出来て手術しました。見た目も一気に老けて頭の回転も手術前よりも、いくらかは遅くなっています。

本人が一番辛いのでしょうけれども、見ているこちらも辛かった記憶があります。

c.mamaさんが言われる通り、内面が違ってしまったら本当に別人だと言えますね。

また、遊びに来てくださいね。
それでは、失礼します。
Posted by Genken at 2007年05月14日 17:56
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