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2009年06月29日

ザ・マジックアワー



2008年6月公開

監督 三谷幸喜
出演 佐藤浩市 妻夫木聡 深津絵里

 人は窮地に立たされたときにどのようにして切り抜けるのだろう?

 やはり、知恵がないと生き残れない。どれだけ知識があっても、それを応用しないことにはいけない。まさに、この映画は窮地に立たされた人間が他人をも巻き込んでいく物語である。

 簡単にあらすじを述べよう。港町の守加護(すかご)を牛耳るギャングのボスである天塩(西田敏行)の愛人マリ(深津絵里)に手を出してしまった備後(妻夫木聡)。命を助けてもらう条件として伝説の殺し屋であるデラ富樫を5日以内に連れてくることを突きつけられる。もちろん、伝説と言われるまでの殺し屋だから、そう簡単には見つからない。そこで、追い込まれた備後は無名の役者である村田大樹(佐藤浩市)をデラ富樫の替え玉として殺し屋に仕立て上げることであった。村田には映画の撮影だと思い込ませ、ボスの天塩にはデラ富樫だと思い込ませることに。その思惑は見事に成功するのだけれど、備後が考えもしなかった展開になっていくのであった。

 この作品は「映画の中で映画を再現している」と言ってもいいくらいだ。どのようにして映画が作られていくのかを追体験出来る。過去に、様々な映画のDVDでメイキング映像とか見たことがある。そう言う意味では、このザ・マジックアワーという映画は大掛かりなメイキング映像と言ってもいい。

 ただの大掛かりなメイキング映像とは違い、ちゃんと物語があり、ハラハラしたり笑ったり、ホロっとしたりする。人情喜劇とも言える作品にちゃんと仕上がっているのである。この辺りは、さすが三谷幸喜ならではと言える。

 僕が特に気に入っているシーンは、ボスと村田大樹演じるデラ富樫が初めて合うシーンである。このシーンがとてもシュールな作りで面白い。それに、騙し通そうとする備後の慌てふためいている姿も滑稽である。ラストのシーンで、ボスと、村田大樹が演じるデラ富樫との掛け合いも面白い。

 これ以上、書くとネタバレになるので未見の人には申し訳ないので止めておく。随所に細かい笑いが散りばめられているので、最後まで見ていて飽きさせない作りになっている。

 冒頭でも書いたように、人間、窮地に追い込まれるとどんな対応をとるか迫られる。そこで、どれだけ知恵を出せるかである。しかも、自分が予測しない方向へと事態が流れていっても、それを逆手にとる知恵も必要であることも、この映画では教えてくれる。

 この作品も、何度観ても飽きることはないのでジックリと鑑賞してもらいたいものである。

オススメ度 ★★★★★ やはり、知恵は重要です。

ランキング今日は何位?
posted by Genken at 18:02| 兵庫 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画(さ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

容疑者Xの献身



2008年

監督 西谷弘
出演 福山雅治 柴咲コウ 堤真一

 今まで、ミステリー映画を観て僕は一度も泣いたことがなかった。

 けれども、この作品を観て初めて泣いてしまった。あまりにも哀しい結末。僕は想像すら出来なかった。それは、ひとえにこの映画は、単なるミステリー映画ではなくて、人間ドラマに比重が置かれているからである。そのことは追々触れていこう。

 堤真一演じる天才数学者石神。大学時代の友人である福山雅治演じる物理学者である湯川学。彼らの行き詰まる頭脳戦もさることながら、友情に揺れ動いたり、無償の愛によって突き動かされたりしている。

 劇中では、興味深い台詞が幾度となく出てくる。かいつまんで書いていこう。

 ひとつ目は、湯川と石神が再会したときに交わされる会話。

 湯川がこう切り出す。「山登りは数学に似ている。頂上はひとつ。そこに行き着く何通りの方法から、最もシンプルで合理的なルートを見つけ出すか」

 それに対して、石神は、「まだ数学には、前人未到の山が残っていると答えている」

 後、刑事たちが石神のもとへと行ったときに交わされた会話。

 「石神先生の作る問題は難しそうですね」という問いに対して、彼はこう答えている。

 「難しくはありません。単純な引っかけ問題ばかりですよ」

 「引っかけ問題?」と聞く。それに対して石神は「例えば、幾何の問題に見えて実は関数の問題だとか、少し見方を変えれば解るはずなんです」と答える。この、幾何の問題に見えて実は関数の問題。これは、後に何度も台詞として出てくる。

 柴咲コウ演じる内海と、北村一輝が演じる草薙が、湯川と食事をしているシーンでもこの台詞が登場してくる。まずは、そのまえに、抑えておきたいポイントがある。

 それは、湯川自身が語った言葉である。「数学者と物理学者とでは、答えに辿り着くまでのアプローチが正反対だ。物理学者は、観察し、仮説を立て、実験によって実証していく。しかし、数学者は、数をあまたの中でシュミレーションしていく。つまり、数学者は問題を様々な角度から見ることによって、謎の正体を明らかにしていく訳さ」

 この食事シーンでも先程の会話が再現される。内海が、「確か、石神も同じようなことを言ってました。少し見方を変えれば解るはずだ」と。そして、草薙が後に続く。「幾何の問題に見えて実は関数の問題」。

 湯川は「いかにも彼らしい」と答える。

 場面が変わり、石神と湯川は山を登ることになる。そこで、交わされた会話も同様である。湯川が石神に対して、「面白い話を聞いたよ。君の問題の作り方について。幾何の問題に見せかけた関数の問題。つまり、思い込みの盲点をつくる」。

 この作品は、まさに、思い込みの盲点をついた映画である。冒頭でも書いたように、一見、ミステリー映画のように思い込んでいるが、見方を変えると人間ドラマに比重を置いた作品となっているのである。

 そして、ラストシーン間際に内海と湯川が交わしている会話にも注目したい。敢えて、一部分を省略して再現してみたい。

 湯川は、こう切り出す。「石神と再会したとき、彼は僕にこう言ったんだ。君はいつまでも若々しいな。羨ましいよ。驚いたよ。石神と言う男は、自分の容姿を気にするような人間じゃなかった」

 内海は「教えて下さい。石神は一体何をしたんですか?」

 それに対して湯川は、「僕が、この事件の真相を暴いたところで、誰も幸せにはなれない」

 たまらず内海はこう切り返す。「こんな終わり方で良いの?私の知っている湯川先生は、感情に流されず、常に論理的で、誰よりも真実を追究する人でした。もし先生が、痛みに耐えられないなら、私も一緒に受け止めます」

 悲痛な面持ちで湯川はこう呟いた。「刑事ではなく、友人として聞いてくれるか?」

 戸惑う内海。それでも「友人として、ハイ」と答える。

 意を決したかのように湯川は「この事件の結論は全て僕に任せて欲しい」

 このやり取りからでも伺えるように、湯川自身も石神に対して複雑な気持ちを抱いていたことが解る。この苦悩は、石神に対して、湯川がある数学の問題を思いついたからである。

 その問題とは、「誰にも解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか?但し、答えは必ず存在するとする」

 それにたいする石神の解答は「なあ、湯川、あの問題を解いても、誰も幸せにはなれないんだ」であった。この言葉が最後まで湯川を苦しめていたのである。

 ミステリー映画としても楽しめるが、それ以上に人間ドラマとして楽しめる希有な作品であると言える。観ているこちらとしては、完全に思い込みの盲点をつかれた感じである。出来ることなら、最低2度は観て欲しい。一度目は、単に、ミステリー映画として楽しんで欲しい。至る所に、ヒントが隠されている。そして、二度目は、人間ドラマに比重を置いてみて欲しい。それは、本当に哀しい物語である。

 大抵のミステリー映画は一度観てしまえば飽きてしまうものだが、この作品に関しては、人間ドラマとして観ると飽きることはない。人それぞれが抱える問題。それにスポットライトをあてている。お勧めです。

オススメ度 ★★★★★ 無償の愛に突き動かされた人間の悲哀を感じて下さい。

ランキング今日は何位?
posted by Genken at 04:18| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画(や行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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