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2007年05月25日

攻殻機動隊 SAC 第十四話 全自動資本主義



第十四話 全自動資本主義

 大抵の人は自分の時間を会社に供給しその対価として給料をもらう。その中で、異彩なのは個人投資家である。彼らは、膨大な資料や的確な判断によってハイリスク・ハイリターンの生活を送っている。僕たちは強大なシステムの中に取り込まれている、それは資本主義という名の下に搾取する側とされる側に分けられる。殆どの人は搾取される側に廻っている。一部の利権を持った人間が大きな権力を有しその権力をいとも簡単に行使している。勝ち組や負け組といった格差社会がさも存在しているかのように囁かれている。しかし、考えてみると一体何を持って勝ち組、負け組というのを分けているのだろう。全てはメディアが言っているだけで、実態は存在しないのではないだろうか。僕はそのように考えてしまう。

 この物語のベースになっているのは、資本主義や、搾取する側とされる側といった構造が浮き彫りになっているのである。非常に見応えがある作品といって良い。僕が特に印象に残っているのは、冒頭に殺し屋フェムがつぶやいているセリフである。この街では一匹の亡霊が徘徊している。資本主義という名の亡霊が……。この言葉の裏に隠された思いは、大抵の人が無意識に感じることではないだろうか。それを象徴的にではあるが、言葉として表現するのは大切なことだろう。そう感じてしまう。この物語は、SACの中でもお気に入りの一話である。オススメですよ。

オススメ度 ★★★★★ 言葉の裏に隠された思いを感じ取って下さい。

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2007年05月06日

明日の記憶



2006年5月公開

監督 堤幸彦
出演 渡辺謙 樋口可南子 吹石一恵

 人は皆、齢を重ねて行くうちに記憶は曖昧になっていくものである。例えば、自分が大切だと思っている記憶までもが徐々に薄れていき色褪せていく。思い出すのに最初は10秒もかからなかったものが、時が経つにつれ30秒になり、やがて2〜3分ほどかかり、最後にはボンヤリと輪郭だけしか思い出せずにいたりする。

 記憶とは非常に曖昧なものである。そのために、我々は記録を残そうとする。それは、写真だったり、ビデオやメモだったりする。この行為は記憶を定着させるための外部記憶装置として考えても良い。写真やビデオ、メモなどをみて記憶の片隅から取り出すためだからである。

 この作品は、その記憶をテーマにしている。若年性アルツハイマーという病気を軸に物語が展開していく。広告代理店につとめる佐伯雅行(渡辺謙)。彼は仕事も充実していて、しかも一人娘の結婚も控えている。公私ともに忙しくもあり幸せな日々を過ごしていた。ところが、そんな幸せな状況に暗雲が立ちこめる。それは、最近、物忘れがひどくなり、同じものを何度も買ったり、芸能人の名前がでてこなかったりする。しかも倦怠感や疲労感を感じている。終には、重要なクライアントとの会議の変更すら忘れてしまっている。夫の身を案じて妻の枝実子(樋口可南子)は病院へ行くのを嫌がる雅行を説き伏せ一緒に行くこととなる。そこで、医師が下した診断は夫が若年性アルツハイマーというものだった。なかなか現実を受け入れられない雅行。そんな夫を妻の枝実子は受け止めて、2人で一緒に闘病生活を送る覚悟を決めたのであった。

 秀逸なのは、物語の前半で物忘れが些細なことから始まり、それが徐々に酷くなっていく状況を描き、病院の検査を事細かに描いている所にある。それによって観ているコチラも検査を受けている気分にさせて不安を抱かせることに成功しているのである。

 こういった経験はないだろうか。無意識に車のカギや携帯電話を置き、何時間かした後、必要な時にとっさに思い出せずに探しまわったということは、誰もが多かれ少なかれ経験していることだろう。かくいう僕も同様の経験は多い。なかなか思い出せない時は、帰って来てからの行動を思い出しながら追体験することによって見つけたりする場合がある。こういった経験をしているからこそ、若年性アルツハイマーという病気に対して畏れを抱く。

 記録を残していってもやがて徐々に記憶が薄れていき忘却の彼方へと誘うのである。劇中、佐伯が退職するさいに、営業課のメンバーが各個人のポラロイド写真にメッセージを書いて渡すシーンが描かれている。私たちは部長のことを忘れません。だから、部長も私たちのことを忘れないで下さいというセリフには涙を誘う。薄れていく記憶の中でも写真という外部記憶装置として思い出すキッカケになればという思いがヒシヒシと画面から伝わってくる。

 退職後、佐伯夫婦はあることがキッカケで喧嘩をしてしまう。その際、雅行は無意識に妻の枝実子に怪我をさせてしまう。僕が一番印象に残っているシーンである。怪我をさせことにより雅行は強烈な自己嫌悪を抱く。だが、妻の枝実子は冷静に、「あなたがやったんじゃないの。病気のせいなのよ」と優しく諭すシーンには胸をうたれる。病気を抱えている人にとっては、とても心に響く言葉である。

 このように、見所は随所にあり最初から最後までだれることなく、緊張感を持って観られる。若年性アルツハイマーを扱ってはいるものの、決して重たくはなく心地よさが残る作品となって仕上がっているのである。未見の方は是非観てもらいたい作品である。何度観ても良い作品といって良いのではないだろうか。

オススメ度 ★★★★★ 記憶というのは非常に曖昧なものである

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posted by Genken at 06:41| 兵庫 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画(あ行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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