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2007年04月27日

ホテル・ルワンダ



2006年1月公開

監督 テリー・ジョージ
出演 ドン・チードル ソフィー・オコネドー ホアキン・フェニックス

〜1994年ルワンダの首都ギガリ。長年にわたり多数派のフツ族と少数派のツチ族の民族抗争がエスカレートしていた。一旦、和平交渉がまとまるかのように見えたが、首相が暗殺され両民族は一触即発の状態となる。街ではフツ族派ラジオ局からはツチ族を根絶やしにさせようと煽動的なプロパガンダを繰り返し流されていた。街はそのせいで不穏な空気に包まれていた。そしてついにフツ族はツチ族の大量虐殺を開始していた。そんな状況の中で、ルワンダの高級ホテルミル・コリンの支配人を努めるフツ族のポール(ドン・チードル)は、妻タチアナ(ソフィー・オコネドー)がツチ族であることから、何とか家族だけでも守ろうとしていた。フツ族からの襲撃を逃れるために、難民たちはホテルに続々と集まってきた。というのも、ミル・コリンは外国資本のためフツ族の民兵たちもうかつに手が出せないでいた。命からがら逃げてきた難民たちをみたポールの心境は複雑に揺れる。だが、難民たちを見捨てることが出来ない彼は一人で虐殺者たちと相対することになるが……〜

 この作品は、100日で100万人が虐殺された事件を背景にして、1200人の命を救ったあるホテルマンの行動を描いた実録社会派映画である。最初から最後まで緊張感を保たせる映画は少ない。とくに実録社会派映画としては秀逸で質の良い作品に仕上がっている。

 民族抗争の激しさを感じることは、残念ながら今の平和ぼけした日本で育った僕はどうしても対岸の火事としてしか捉えることが出来ない。何故、そこまで民族同士で憎しみ合い殺し合わなければならないのか。ツチ族という理由だけで殺される。その底流に流れるのは、最初のテロップで流れているのを一部引用してみたい。

>ツチ族は植民地支配に協力し、フツ族の土地を奪い搾取した。今、その反乱軍が帰ってきた。奴らはゴキブリで人殺しだ。ルワンダはフツ族の国。我々こそ多数派。我々はルワンダ愛国戦線(RPF)の反乱軍どもを一掃する。こちらは、フツパワーのRTLM局。油断するな。隣人を監視しろ。

 こういった激しいプロバガンダが四六時中流され緊迫感を煽られる。こういった放送を流されたらツチ族は行きた心地はしないだろう。実際に100万人の犠牲者が出ていることには目を背けることは出来ない。劇中で描かれているツチ族の無惨な遺体。あちらこちらに転がっているという表現がピッタリである。

 特に印象的なシーンは、どこの国かはわからないけれど取材に来たクルーたちが酔っぱらってその一人が主人公に言ったひと言である。こんな悲惨な映像を流しても、ディナーをしながら「怖いわね」のひと言で終わるんだよ。というシーンである。西側の協力を信じていた主人公ポールの表情はあまりにも切ない。恐らく、僕もその中の一人だろう。物語が進んで行くうちに、欧米や国連の対応はルワンダを見捨てるところを描かれている。絶望を感じる主人公。ルワンダでは、人の命が軽く扱われる。ツチ族というだけで殺され、ツチ族を守ろうとしたフツ族も裏切り者としてそしられ殺される。まるで、第二次大戦中のドイツと同じである。いわゆる選民思想に支配されている。

 一口に100万人殺されたといってももはやそれは数字になっている。人が一人殺されただけで大騒ぎになるのに、100万人と言えばもはや想像を絶する数字に変わり、人ではなく数字に置き換えられる。殺されていなければ幸せな生活を送れたかもしれないのに。未だに世界では難民と呼ばれる人たちが存在する。紛争も止まない。歴史は繰り返されるという。しかし、こういう悲しみや悲惨な歴史の繰り返しは願い下げたいものである。

 もう一度世界観を見直し考え直すためには珠玉の作品となっている。未見の方は是非一度手に取って観てもらいたいものである。

オススメ度 ★★★★★ 悲惨な歴史は繰り返されるものなのか?

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2007年04月24日

LIMIT OF LOVE 海猿



2006年5月公開

監督 羽住栄一郎
出演 伊藤英明 加藤あい 佐藤隆太

〜海上保安官である仙崎大輔(伊藤英明)が潜水士となって2年が経過している。現在は鹿児島の第十管区に異動となり機動救難隊員として海難救助の最前線で働いていた。恋人の伊沢環菜(加藤あい)とは横浜と鹿児島での遠距離恋愛を続けていた。そんなある日、鹿児島沖3キロの海上で乗客620名を乗せた大型フェリーのくろーばー号が座礁事故をおこす。そこで機動救難隊員として大輔はバディの吉岡哲也(佐藤隆太)とともに、座礁したフェリーに乗り込む。ふたりとも懸命の救助活動にあたる大輔は、偶然乗り合わせていた環菜の姿を発見する。いち早く下船をうながす大輔だが、自分は最後まで残ると彼女に言い残して救助活動へと戻る。想像していた以上に浸水が早く沈没するまで4時間。果たして、大輔は吉岡と共に、救助活動を終えて無事に帰ることが出来るのか……〜

 仕事において常に死の危険と隣り合わせの仕事は多少なりともある。例えば、建設現場で高所の作業をしている職人さんや、工場で作業している人たち。ただ、その上、人命救助も合わせると、警察官や消防士、それに本作で描かれている機動救難隊員として働く海上保安官の人々。

 本作の見所といえば、救助の行くてを阻むかのように次々に降り掛かる難題。海洋パニック作品としてはなかなか秀逸である。しかも、底流に横たわるのは、あくなきまでの生への希求である。どんな状況に追い込まれても必ず生きて帰るという信念を感じさせる。極限状態の中でプロポーズをするというのが賛否両論あるが、僕としては、取ってつけたような感覚はなかった。ここは、先述したようにあくなきまでの生への希求があるからこそ、あの極限状態で生き延びるためのモチベーションとしてあのプロポーズが出たと取りたいものである。

 いかにもベタな展開といえば展開ではあるものの、今の時代でそれこそストレートな創りの映画は観ていて気持ちいいものである。決してあきらめない。生きることに貪欲である。諦めなければ必ず道が開けるという気持ちにさせてくれる映画であった。もう一度観たい作品である。

オススメ度 ★★★★☆ 諦めなければ必ず道が開けるはず……

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posted by Genken at 21:56| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(ら行) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

報告です。

 この度、新しいブログを立ち上げました。僕が鬱病を患ってから時系列で書き綴ったものです。取り敢えず、10月までの分を書いています。このブログは当面月に1回の予定にしています。「Genkenの日記」がタイトルなので、是非一度立ち寄って下さい。宜しくお願い致します。

 こちらのブログも週に1回は記事をupしていきたい所存なので、こちらの方も重ね重ね宜しくお願いします。
posted by Genken at 17:38| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月07日

心が雨漏りする日には



 僕自身が鬱病を患っている。だが、中島らも氏は躁鬱病とアルコール依存症を患っていた。大変参考になったり、勇気づけられる作品である。あくまでも客観的に自分の症状を面白可笑しく書いている。

 鬱病になっていない人でも、とてもタメになれる一冊である。僕が非常に感動、共感したのは以下の文章である。(心が雨漏りする日にはp144より引用)

 >多かれ少なかれ、人は何かに依存して生きている。おれの場合は、それがアルコールだったり、睡眠薬だったわけだが、この依存するという行為は、自分の欠けている部分を埋めようという行為なのだと思う。欠けているところがあれば、そこを埋めようとするのは実に自然な感情で、だから人は何かに依存することで、自分の穴を埋め続けていくのだ。
 ギャンブルに依存する人がいたり、恋愛に依存する人もいる。子育てに執念を燃やす、それも一種の依存だ。仕事、学問、貯金……形は違えど、それを取り上げられたらパニックになってしまう対象を誰でも持っている。

 僕の場合も、今は睡眠薬や抗ウツ剤に頼っている。しかも時には、中島らもさんのように、アルコールに逃避したりタバコにも依存している。本当に僕は弱い人間だと感じさせられる。

 冷徹なまでに自分を見つめている中島らもさん。僕もいつかはらもさんのように冷徹なまでに自分を見つめ直す強さを手に入れたいと考えてしまう。

オススメ度 ★★★★★ 心に残る1冊になりますよ

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2007年04月06日

猫の神様



 儚い世の移り変わり。時は無情にも流れていく。そんな儚さの上に立って生活しているのが僕たちであり、生きとし生けるものである。儚い世だからこそ、自分たちの人生に意味を持たせ生きることを何とか正当化しようとしている。

 それとは無縁に過ごしているのが獣たちだ。彼らはただただ生き延びることだけを主体に考えている。東良美季さんの「猫の神様」を読むたびに、動物たちの苦しみながらも何とか生き続けようとする姿が垣間見えてくる。

 人間は弱い生き物だと感じるときがある。何かにつけて生きる意味を見いだしたり、生きる方向性を見失ったりする場合がある。只々、生き続けることだけを考えていれば、今、僕が感じている苦しさや痛みなどちっぽけなものかもしれない。

 今、僕を含めて生きていくのがしんどい人たちへ。この「猫の神様」をどうか手に取って読んでほしい。少しだけでも良いから東良さんと2匹の猫たちとの生活に触れてほしい。そうすることによって、弱い自分と対峙しながらでも生きていこうと勇気づけられるから。

オススメ度 ★★★★★ 生き続けるのは苦しいでもその裏側にある優しさに気付くことだろう

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2007年04月03日

攻殻機動隊 SAC Solid State Society



 高齢化社会。その中では老人の孤独死という問題も隠されている。少子化と叫ばれ続けながらも、一方では児童への虐待が後を絶たない。労働人口も減りながらも、失業率も同様に減らない。そんな現代社会が内包している問題をうまく取り込みながら本作品は描かれている。

 あらすじは、草薙が公安9課から去って2年。トグサが9課のリーダーとなっている。新たに、手には梵という刺青をしている者たちが連続自殺を起こしている。共通しているのは元シアク共和国のカ・ルマの親衛隊員が次々と自殺を謀る。この自殺の意味するところは、新たなテロの始まりの合図に過ぎないのか?そんな中、カ・ルマの長男であるカ・ゲル大佐までもが自殺を謀る。死ぬ間際に傀儡廻しという意味不明な言葉を残して逝ったのである。呆然とするトグサたち。調査を続行していくうちに、新たな謎が出てきて戸惑う9課。果たして事件の全容を掴むことが出来るのか……。

 最初から最期まで飽きさせることなく次から次へと謎が出てくる展開。攻殻機動隊のシリーズでは地味ではあるものの、冒頭に述べたように、色々な現代社会が抱えている問題を物語に巧く取り込んでいるのは秀逸といえる。何度も観たいと思わせる作品に仕上がっている。

 見所は、何度も言うように、老人介護問題や、少子化が問題になっているのに、皮肉なことに児童虐待が日々起こっていることである。これは、現代社会が憂う問題をアニメーションの中にメッセージを含んでいることである。それに加え、労働人口が減っているのに、逆に失業率がのびているという相反する問題にも触れている所である。

 一番、印象に残っているのは最期の草薙のセリフである。一部引用させてもらう。

 >自分の非力さを組織やシステムのせいにしていただけなのかしら。(草薙)
 >また、個人的推論にのとった事件への介入を続けるのか(バトー)
 >それも限界ね。規範の中にいる時は、それを窮屈と感じるけど、規範なき行為は、また行為として成立しない。結局堂々巡り(草薙)

 この言葉が示唆しているのは何なのか?

 自分の弱さを棚にあげて、組織やシステムのせいにしている。窮屈だと思いながらも働いている人もいる。それを嫌がってドロップアウトしたところで、どこかで規範がないことには、その行為自体が無意味になってしまうということではないだろうか?僕は、この言葉を胸に刻み付けて生き続けたいと感じる。

オススメ度 ★★★★★ この現実から目を背けることは出来ない。

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posted by Genken at 15:29| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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